ほとんど知られていないのだが、米国の資産家を主としたネットワークというものがあって、私も会員として互いが抱える問題についてネット経由で意見交換をしている。
投資や税務に関する情報交換が当然のことながら多いものの、穴場ホテル、パスワード管理ソフトと、テーマは幅広い。
「xxxというヘッジファンドを買おうと思うが信頼のおけるファンドなのだろうか?購入経験者の意見をうかがいたい。」という問いかけに、
「そことは5年来の付き合いでファンド・マネージャーは優秀だ。電話してくれれば詳しく話す」と別の会員が答える。
「自家用機のファイナンスを考えている。どこの金融機関ならやってくれるだろう。」「アフリカでサファリをやりたい。チャーター便のお薦めは?」
医者の評判についての問い合わせもあった。
◆資産家の海外情報ネットワーク
投資銀行、会計事務所、弁護士事務所などにとっては推涎の的ともいうべき情報なのだが、しかし、彼等には入手不可能となっている。
彼等には準会員の資格しか与えられておらず、情報発信するのはお呼びがかかった時のみ、それも当該ネットワークの本部経由でしかできない。
資産家やオーナーたちの情報はこれら準会員には伝わらないので、セールスマンからのコンタクトに悩まされることはない。
海外投資の情報交換も数多い。「日本株の投資信託を買おうと思うがもう時期を逸してしまったのだろうか。よいのがあったら教えてほしい」
「ブエノスアイレスの不動産を扱う良いエージェントは?」「中国で石油開発事業を行いたい。」等々。発信人は全て個人マネーの持ち主である。
企業オーナーを含む資産家たちはインターナショナルな人が多い。日本と異なり、欧米のこの層にとって海外は身近である。
移民の国アメリカ人ならずとも国外に居住する親戚がそこここにいる。子弟が通う寄宿生の学校(ボーディングスクール)には世界のエリート層の子供達が集まってくる。
アイビーリーグ大学、有名校のMBAコース(経営修士課程)これまたしかりである。そして大人の社交界では、ジェットセッターという言葉があるように、
ジェット機でニューヨーク、パリ、サンモリッツと飛び回る人達がいる。アジア、アフリカ、中近東、南米の富裕層も自国での教育に限度があったり、
或いは治安の問題があったりで子弟を海外で教育させ、住居も自国のほか海外に拠点を構えるのが常となっていて、これまたインターナショナルである。
彼等はパーティーや慈善の集まり、また別荘地で顔を合わせ、それがゴシップだけでなく重要なビジネス情報の交換の場ともなる。
◆日本人はまだ蚊帳の外
日本においても留学経験のある後継者が社長の座に就き始めており、今後はより国際的な視野でのビジネス展開が進み、
人的交流の面でもよりインターナショナルになっていくことであろう。子供のサマーキャンプですら人脈作りに役立つからとアメリカの有名どころを選ぶ人だって出てきてはいるが、
残念ながらほんの一握りの人を除き、日本人はまだまだ世界の資産家達のネットワークの蚊帳の外にいる。
日本のオーナー層とて人脈ネットワークの重要性を認識していることにかけては人後に落ちない。青年期を迎えた子弟に「沢山友達をつくれ」とハッパをかける。
銀行主催の二世の会やJC(青年会議所)、異業種交流会に送り込むのも人脈づくりが動機の大きなウェイトをしめる。
今後は国際的な人脈作り、そして国際情報のネットワークへの参加をもっと意識的にを心がけさせたい。
手始めに付き合いのある外国人を自宅に呼んで子供に引き合わせる、留学生の世話を引き受けるなどして子弟にインターナショナルな経験をすこしでも積ませたい。
21世紀にはビジネス面のみならず、資産保全においてもグローバルな視点が益々求められるからである。
◆リスク分散のための海外投資
グローバルな視点からお金の流れを読むことはたとえ日本株に限定した投資であろうと必要不可欠なのはいうまでもない。より積極的に国により異なる金利や
経済成長のサイクルに着目すれば、その時々魅力的な通貨、債券、株式、そして不動産市場が見えてこよう。今は「日本株だ」「オーストラリアの不動産」
「ポンド建ての債券が買いどき」、と世界全体が投資対象になればともすれば自国内に偏り勝ちになる資産のリスク分散になる。
だからビッグな資産家ほど海外投資に熱心だし、またファミリーの国際的な人脈が有利な投資チャンスをもたらしてくれる。
ドイツの大資産家の資産運用を行う某ファミリー・オフィスは資産の三分の一をアメリカの不動産や森林、ドル建ての債券、株式に投資していた。
ロックフェラー家のファミリー・オフィスでは三分の一から二分の一は海外投資、だから外国人や海外経験の豊富なスタッフを大勢抱えているとのこと。
ロックフェラーの世界的人脈がものを言う。
◆資産防衛のための海外
欧米資産家は資産の保全という観点から長年海外を利用してきた。陸続きのヨーロッパの歴史は、戦争や革命の歴史でもあった。
懲罰的な高課税という大災害にも見舞われた。だから彼等は資産保全の術に磨きをかけてきており、その一つが資産の海外逃避である。
フランス革命前夜のフランス貴族は、資産をイギリスのクーツというプライベートバンクに移した。初代のロスチャイルド家当主は5人の息子をヨーロッパの5主要都市に
支店を開業させ人脈ネットワークを築かせた。その一つ、オーストリアのロスチャイルド家はナチの台頭を目の当たりにしてチェコにある製鉄所を予め傘下の英企業に
買収させておいた。結果、ナチ、その後の共産政府もこの会社に手を出すことは出来なかった。これも一種の資産の海外逃避である。
途上国の富裕層は現在でもまだ革命、超インフレ、デフォルトなどの危険に身を晒されており、海外資産なしにはオチオチしていられない。
ただし単に海外に資産を移しただけでは、自国の法律が及んでしまう場合が多いので事はそれほど単純ではない。
それで世界の資産家達は節税専門の弁護士や会計士を雇い、会社、信託、財団、パートナーシップ等々国を幾重にもまたいで仕組み節税を計ろうとする。
ただし節税と租税回避の線はデリケートであり、予め税務当局の判断が貰えない日本の場合はどうしても腰が引けてしまう。
合法的な手段であるとの弁護士事務所の意見書が出ても新聞にあれこれ書きたてられるメディアリスクだってあるからなおさらである。
◆永遠のトラベラーは辛い
高税率、そして未曾有の財政赤字や少子化等、日本の将来は危うい!と、全面的な海外への資産移管や更に進んで海外移住を勧める専門家がいる。
それで節税の為「マルタ居住にしては?」「自分で税率が決められるスイス居住者になれ」とびっくりするようなアドバイスが飛び交う。
確かにそれらの国に住んでいなくても税務上「居住者」と扱われ、それなりのメリットはあろうが、一箇所の滞在日数に制限があるのが不便でホゾを噛む人もいる。
しかし、そもそも資産を保全するため、節税のために居住地を決定してしまうのは本末転倒ではないだろうか?
それよりも海外にしっかりした人脈のネットワークを張り、多少の外貨資産を海外に持つ方が実際的なように思える。この人脈が子供にとっては大きな財産となろう。
投資やビジネス上の情報もさることながら、こうしたネットワークは21世紀に羽ばたくグローバルな視点を持たせるのに役立つ。
2世代、3世代続けて米国のファミリーと人脈を築き、互いに休みのとき訪問しあったり、留学の世話をしあっている家族を知っている。
もっと幅広くグローバルな人脈があれば、例えば豪州ワイナリーのオーナーファミリーのところで武者修行させるなどいいのではないだろうか。
日本に万が一の事が起こったときお世話になれそうである。
(企業家倶楽部、2006年1・2月号「世界のオーナー達のつぶやき」に掲載)