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 トップのためのマネー講座 ─ 世界のオーナー達のつぶやき ─

§ 後継者選びの苦労

世界中の創業者が事業の後継者選びに苦労する。ホンダ、京セラなどは子弟に継がせない方針を打ち出した。次世代に株式を引き継がせたファミリー企業でも同族入社を許さないとか、一家族につき一人と限る会社もある。米化学企業名門デュポンの場合は一族の入社は認めたが、10年以内に経営に参加するレベルまで到達しないと退社させたと聞いている。とは言え一般的には未だに経営を家族に継いでもらいたいという願いは強いのではないだろうか。実際適格な後継者に引き継がれれていけば、ファミリー企業ゆえの強みが遺憾なく発揮されていく。
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◆入社時の気構えと取り組み

ところが家族内に優れた後継候補がいても、本人にその気がなく断られてしまうケースは少なくない。将来性のない事業の場合、苦労ばかりで割りが合わないとそっぽを向かれよう。たとえそうでなくても仕事上まで家族と付き合うわずらわしさに尻込みするかもしれない。リスク分散上の問題もある。全員が同族会社に携わって、万が一その会社がが立ちゆかなくなればそれこそ一族全滅の憂き目にあいかねない。
あるインドの財閥はファミリー企業に入る子弟は経済的に優遇するが、企業への参加を拒む子弟は「路頭に迷わせない」程度にしか面倒をみないという。日本ではとてもこうは出来ないだろうし、同族による継承を熱望していても、上記のデメリットは最初から覚悟させておきたい。更に、子弟の能力・スキルを洗い出し、会社にどのような貢献ができるかまで共に話し合っておく。そうすれば、どういう気持ちで会社に入るのか親子間で共通認識ができるし、どういう状況になったら後継者から除外するかの伏線にもなろう。ところが日本人の場合は文化的背景もあって大体暗黙のうちに事が運ばれがちで、なんとなく入社していて何となく「後継者」の位置づけになっていて、何か事が起きて初めて親子の思いの隔たりの大きさに愕然とするのではないだろうか。

某米国大学のファミリー企業講座では、後継者でもある受講者にファミリー企業史を書くことを勧める。企業史を書くとなるとファミリー企業の主要メンバーにインタビューしなくてはならない、どういう経緯で起業したのか、社会的使命は何か等調べることで、本当に自覚にたった上での入社になるという。企業は必ず修羅場に直面する。ファミリー企業の拠って立つものに心から賛同していれば、それだけ踏ん張る力が湧いてこよう。ともあれ子弟による継承を望むなら親は早いうちから、たとえ条件付きにせよ「ウチに入社して欲しい」とはっきり口にすべきである。「一体親父がどう思っているか判らなかった」という後継者は意外と多いのである。私の知人の中堅優良オーナー経営者は自身子供の頃から「長男のお前が後を継げ」と言われ続け、それを当然の事として受け入れたし、自分も4人いる息子の長男に「跡継ぎ」のインプットをし続けたという。こうした割り切りがスムーズな継承に繋がったのであろうか。しかしその彼も孫の代のことまでは考えていないという。
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◆後継者になる道のりは様々

子弟を含めた同族に後継させるのか、或いは外部からみつけてくるのか、どういう時期にどう見定めて後を譲っていくか皆頭を悩ませる。世界のファミリー企業のなかには一族の内から何人もを同族会社に受け入れ、その中から後継者を選定するのを見かける。また複数の企業を所有している場合は複数の後継者に夫々別途の企業を継がせることができる。一社に兄弟姉妹で入社する場合でも、能力上、性格面で補完性がある場合は役割分担が上手くいくといわれている。

いずれの場合も通常学業終了後すぐ自社にいれることはせず、数年は他社で修行させるケースが多い。他社の先進的なやり方を学ぶ、関連事業を学ぶ、、営業力を身につける、平社員の気持ちがわかるようにさせるなどその理由はさまざまである。
すぐファミリー企業に入る場合でも平社員の経験は重要だ。江戸時代越後屋呉服店の三井高利の遺訓では「同族の小児は一定の年齢になるまでは、他の店員と同一の待遇となし、番頭、手代の下で労働せしめて、決して主人のような待遇をしてはならない」と諭している。二代目三井高平はさらに具体的に「自分がその道に通じていなくては、他の者を統率することはできない。一族の子どもたちには、まず小僧と同じ仕事を習熟させ、やがて覚えたならば支店へ出向させ実地の業務にあたらせること」と言っている。つまり平社員の修行を積んでから支店勤務ということになる。資生堂の福原義春名誉会長は25年もの平社員経験があったそうである。そうすることで、仕事の細部まで把握できるし、大企業の場合はよい社内人脈を築くというメリットがある。

次に後継者候補をどう訓練、鍛えていくかだが、イタリア紳士服メーカーのゼニアの場合は親子で合弁会社を設立し、子供の経営能力の育成を図るとともにその力量を見極めようとしたそうである。赤字子会社の社長にして期限を切って建て直しにチャレンジさせるのもよい訓練になろう。
香港の長江(ちょんこん)グループは息子に新規分野である通信分野を任せ、三洋電機や、トヨタは後継者候補を最も困難である、中国市場の責任者にした。大事な大事な後継者に傷がついたら一大事とばかり責任を持たせない、有能な部下に固く守らせる、一番楽に業績があげられるところに置くなどしていたのでは、当然のことながら後継者は育たない。自身修羅場を潜り抜け、充分な経営能力を身に付けておかなければこの変化の激しい時代の経営には当たれない。そして同族経営であろうとなかろうと、指導者、経営者の最大の任務の一つが後継者の養成である。GEのジャック・ウエルチ氏も絶えず自分に直ぐにでも取って替われる後継者を4-5名用意していたと聞く。
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◆各世代の貢献

人間誰しも自分自身のアイデンティティというか独自性を証明したいものである。それで先代と全く違うことをして躓く後継者は多い。創業者、カリスマ性のある先代の後は特に辛く、先代のミニ版になるか、全く反対方向に暴走しがちになる。先代の価値観や仕事のやり方に自分の考えを融合させていくガッツと知恵、それに時間が欲しいのだが現実はなかなか上手くいかない。創業者の気質を持つ子ども、特に息子の場合は親の言うことを聞きたくないようだ。先日台湾で会った見習い中の後継者は女性だった。親は高級住宅地の丘の頂に住み、彼女の家は同じ丘の麓。絶えざる「お説教」は会社のみならず、毎晩家にも電話がかかってきて「お説教や方針説明」の続きがあるそうだ。「自分の考えと違ったらどうするの?」と聞くと、「全部聞いてから言うのよ、反対意見の言い方はもうとっくに心得ているワ」と言う。なにせ中学生の頃から親に連れられビジネスの話に参加させられていたから手の内はあらまし心得ている。

他方、後継者に対しては絶えず、「まだまだやり残している分野がある」、「お前の力で新しいチャレンジをして欲しい」と、存在感を持たせ、やる気を奮い立たせる言動が欲しい。同様に威勢のよい後継者が企業の存続さえ危うくする暴挙をしでかしてのをチェックすることもまた必要だ。キッコーマンのオーナー一族の「新規事業を起こす場合は家族会の承認を求める」よう定めた家訓はそうした知恵の現れであろう。
商品・サービスのライフサイクルが極端に短くなった昨今、長く続いた優良企業とて安閑とはしていられない。また如何に偉大な創業者、経営者であろうと自分の方針をチャレンジさせる場、新しいアイディアを組み入れる仕組みを作っておかなければやがて時代に取り残され破綻しかねない。絶えず新しい血、次世代の知恵の活用が必要とされるのである。長く続くファミリー企業は上手に各世代の貢献をとりこんでいるのではないだろうか。
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(企業家倶楽部、2005年9月号「世界のオーナー達のつぶやき」に掲載)
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