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 トップのためのマネー講座 ─ 世界のオーナー達のつぶやき ─

§ 子供を洗脳せよ

経営学の神様的存在であるピーター・ドラッカーはファミリー企業の継承について、「出来の悪い者を働かせてはならない。凡庸な者、怠惰な者に働くことを許せば、一族でない者の不満が鬱積する。有能な者は辞め、残る者はへつらう。」と述べた。たとえ出来がよくても「家業は継がない」と子供にピシャリと断られ、会社の売却を決断する、或いは廃業に追込まれれるケースが増えている。今後は日本でも経営とオーナーシップを分離し、経営はやる気のある最適者にゆだね、ファミリー資産の継承者はオーナー業に徹する傾向が強まっていくであろう。
しかし以前紹介したように、世界の巨大ファミリー企業のなかには未だに創業者の子孫が経営を行っているところもある。苦労して築き上げた自分のビジネスを是非とも子供に継がせたいと考えるのはしごく当然だし、子供に適性があれば、幼少時より親の考えや経営者としての心構えを伝えることができるのでファミリー内での継承は強みとなろう。

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◆仕事のことを言って聞かせる親

多少ともファミリー内での経営のバトンタッチの可能性を考えているなら、幼少時よりその候補者群を洗脳するのが一番である。洗脳という言葉が悪ければともかく子供に自分の考え、生き方を伝え、仕事の話、将来のビジョンを聞かせる。あるアメリカ人の社長は子供が7−8歳になった頃から自分の出張に連れて行ったそうだ。子供には小遣いを与えず自分の会社で働かせるオーナーの話は度々耳にする。こうした経験は子供にサーバイバル術を教えることにも、社会勉強にもなり、将来子供がたとえどんな職業に就くのであれ大いに助けになろう。会社の経営を継ぐ場合は、入社時においては既に企業文化の体現者であるということは大きなメリットである。だが日本ではこうした実地訓練を施す親は少なく「何があっても学校第一主義」なので子供はせっかくの見聞を広める機会を逃してしまう。だから日本の子供は著しく生活力に欠けてしまうのである。

世界銀行で要職を務めた友人のF氏は、毎週木曜日は生まれたときからずっとは「父のビジネスを聞く日」だったそうだ。会社を経営していた父親は様々な苦労や世界の動向、例えば中東が不穏になれば石油の値段があがって自社製品を値上げをせざるを得ないなどの話を家族にした。こうしてF氏は父親のビジネスノウハウと共に価値観を学んでいく。12歳からは父親の経営するガソリンスタンドで毎日働いて小遣いは稼いだそうだ。裕福だったが、大学の費用も20%は自分で捻出した。F氏は父親の会社は継がず途上国の金融システムを構築する仕事をするようになるが、その原点はこうして子供の頃から自然と身についていった父親の智慧であり価値観にあるという。
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◆後継者教育はゆりかごから

このような幼少時よりのトレーニングが後継者教育に有効なのは茶道、華道、伝統芸能の継承をみてもわかる。なぜ世襲が続くのか、茶道の小堀遠州14代家元の小堀宗実は、「4−5歳の頃からおはこびとしてお手前をお客様に運んでいましたね。頃合の見計り方、、お客様への受け応えなど、今考えてみればこうした毎日の生活そのものがトレーニングになっていた」と述懐する。伝統芸能の継承でも幼児教育があきらかなキーポイントである。3歳くらいから最高の技能保持者である家元によるマンツーマンの厳しい訓練が行われる。ビジネスでいえば創業者と同じレベルの努力が後継者にも要求されているということである。こうして祖先から伝わったしぐさや芸を教わると同時に価値観を伝授されていくからこそ後継者教育が成功するのである。

1796年創業になるロンバー・オディエ・ダリエ・ヘンチ銀行第6世代目のチェエリーロンバー氏は、ファミリー企業に生まれついたものはファミリー企業の本質を「ゆりかご」にいるときがら肌で感じ取っている、と述べている。やはり幼少期よりの日常生活を通しての洗脳なのであろうか。代々続いた家には語り伝えがしっかりとなされている。

反対に全くそうした語り伝えとか、金銭教育が施されない場合はたとえ莫大な資産を継承してもそれは却って悲劇をよぶ。ハントことA&Pの相続人であるジョージ・ハンチントン・ハートフォード二世はある日90億ドル(約一兆円)の相続を受ける。しかし、彼はお金に関する教育を全く受けておらず、仕事や、資産管理の指導も全く受けてこなかった。大金を手にしたハントの軌跡を追ってみよう。まず、彼は自分の趣味でもある芸術に目をむけてカリフォルニアに芸術村をつくろうとするが失敗する。次にアート雑誌の発刊を手がけ失敗、ニューヨーク市に美術館を作って失敗。どうしてこうなんだ、とハント自身ビックリしたに相違ない。彼は常に多くのアドバイザーを使ってのプロジェクトだったのに、何故失敗したのか。実はハントは良いアドバイザーと駄目なアドバイザーを見分けることやアドバイスの内容を評価することが出来なかったのだ。次にカリブ海に浮かぶバハマ島のリゾート建設に投資するが今度は儲かる前に売却。相次ぐ失敗で資産は枯渇、贅沢三昧そして麻薬におぼれ健康を害していく。私達の周囲にもスケールは小さいが、似たケースは五万とある。
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◆ファミリー細則と価値の継承

かつて日本には先祖の語り継ぎとして家憲、家訓が生活の規範となっていた。これは諸外国でも散見されるが、最近のファミリー企業の集まりでは、自分達の主義、信条や社会における役割を明確にするファミリーのビジョンやミッションステートメント作りがよく話題になる。のみならず、もっと具体的にファミリー企業に参加するための資格、後継者の決め方、自社株売却の条件、企業よりファミリー個人への貸付、家族間の意見の調整のやり方等等家族間での決め事を列挙した細則作りなども討議される。後継者争いなど、具体的な問題を未然に防ごうとする試みであるが細則を定期的に見直すことも推奨されている。よい伝統を残すとともに時代への対応を加味した試みであろう。
とはいえ所詮子供は親の背中を見て育つ。つまり親子間における価値観継承のキーポイントは何といっても親の背中が放つメッセージである。口では「公私混同しない」と言いながら、すべて寄付までも会社の経費持ちというのでは、子供はかえって不信感を募らせてしまう。そのような姿勢では事業継承だけでなく、資産の継承の面でもトラブル。「資産の継承がうまくいかない最大の理由は家族間の不信とコミュニケーション不足」と識者は言う。子供にメッセージを与えるのはあくまで親の行動なので、昔はお天道様が見ているから「恥ずかしいことは出来ない」といったものだが、「子供が見ているから恥ずかしいことは出来ない」といったほうがいいかもしれない。

海外における資産家を含むエリート層ではその子弟を幼少時より寄宿学校(ボーディングスクール)で育てる伝統がある。米国のボーディングスクールに詳しく自身コンサルティングを行っている弁護士の石角完爾氏は「日本の学校に比べて遥かにレベルが高く、個性、潜在力を伸ばすことに長けている。今後の世界情勢を考慮すれば日本で教育させるより絶対に有利」と、米国のボーディングスクールへの留学を勧める。これには異論も多かろうが、日本の大学卒業後、海外へMBA(経営修士号)を取りにいかせるファミリー企業のオーナーは多い。ファミリー企業専門の大学院への留学もいい。二世は創業者の多彩な経験に対抗するべく理論武装を計らねばならない。留学は日本を外からみる機会を与え、温室育ちを逞しく鍛える機会ともなろう。また世界的な人脈作りという魅力もある。ステータスの高い大学や大学院で学べばそれこそ世界のエリートの卵達との付き合いもうまれようし、それは生涯の宝となろう。しかし「外国かぶれ」は日本では嫌われ海外では軽蔑される。日本の土壌に根ざした国際性を身につけさせたいものである。
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(企業家倶楽部、2005年7月号「世界のオーナー達のつぶやき」に掲載)
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