シンガポールでのオーナー会議に出席した。まことに多彩なメンバーであったが、なかでもインドのC財閥の3人連れは特に注目を
浴びた。ファミリー75人で多数の企業を運営し、世界60カ国で取引をしているという。後継者教育について聞くと、20代後半から
30代の若い時期に経験のひとつとして社長業の経験はさせるが、以降はもっぱら世界5ヵ所にある本部でオーナー業の修行を
させるのだそうだ。そして9.11のような緊急時のみファミリー・メンバーが現役社長の座に就いて采配を振るうとの返事であった。
オーナー業といってもやり方は色々である。「万事よきに計らえ」的なオーナーもいようが、このC家の家長は「日本でアニメの会社を
買いたい。日本での不動産投資比率を高めては」、とグループ全体の戦略をたて、傘下各社への資金配分を行うまさに最高
責任者なのである。
◆ファミリー企業の研究
ファミリー企業の場合は 1)ビジネス、2)オーナーシップ=株主、3)家族 と三つの側面から考える必要がある。
つまりオーナー社長は社長の他、株主そして家長(或いは父親、夫)という三通りの帽子を無意識のうちにしろ使い分けて
被っている。帽子を被り違えてしまうと企業の破滅を招きかねないし、ファミリーが崩壊してしまえば、オーナーシップひいては
ビジネスに致命的な影響を与えてしまう。また企業が栄えなければファミリーの隆盛もないのである。
欧米にはこうしたファミリー企業独特な経営上の問題を扱う学問があり、実践をアドバイスするコンサルタントも多い。
後継者ファミリーから選ぶのか、その際の継承上の留意点、親子、夫婦の社内での付合い方、非ファミリー役員や従業員との
人間関係、企業拡大期のライフサイクル上の問題など研究テーマは広範に及ぶ。大学あるいは大学院レベルで特に有名なのが
アメリカのハーバードのビジネススクール、フランスのインシアード、スイス、スペイン等にも有名なセンターがあり、多くの欧米の
ファミリー企業の経営者、後継者が席を置いた。
大学外のセミナーも数多く、私が参加したこのシンガポールでのファミリー企業オーナー会議でも、海運業を大規模に展開して
いるHKのファミリー、フランスの超高級ブランデーのオーナー、オーストラリアの有名ブランドワインのオーナー家族の出席があり、
智慧の交換会のようでもあった。話をしてみるとどうもオーナーの悩みには会社の規模に関係なく共通点が多いいようだ。
残念なことに日本からの出席者は私一人だった。この種の会議は通常豪華なホテルやクラブで行われ、一般人に解放しない
美術館などで開かれるレセプションもまた楽しみである。
◆オーナーの苦悩
「自分は苦労に見合った報酬を得ている」と言う人には滅多にお目にかからない。多額の報酬を貰うオーナー社長でもそのようで
ある。社員は居つかないし、居つく者は何もしない。経理の担当者が不正を働いた。弟はジャガーの新車を購入した方ばかり
なのに、生活が苦しいから株を買い取ってくれという。会社設立時にただ同然で呉れてやっただけに余計に怒りが募る。
社員とその家族を食わさせていかなければならない。絶えず熾烈な競争に晒され、重大な判断を迫られるオーナー社長の
精神的消耗は激しい。リストラなど後ろ向きの作業で疲労困憊しているのに、妻は「そんな可哀想なこと」、と反対ののろしをあげ、
おまけに誰に智慧をつけられたのか「私も株主ですからね」、と涼しい顔でいう。
このファミリー企業の3つの側面(ビジネス、オーナーシップ、家族)は、論理や利害がそもそも異っているのである。
ビジネスでは結果が問われ成績を挙げなければならないから効率とか生産性が問われる。しかし、その論理を家族の世界に
持ち込めば問題を起こす。反対に、「兄弟公平に」というファミリーの論理をビジネスに持ちこんで失敗するケースも多々見られる。
ファミリー企業の剰余金の扱いにしても、配当として分配するか、内部留保か、社員や役員のボーナスに回すか。
企業と株主の利害調整の「決め事」も必要なら、ファミリーメンバー間の利害の調整のためのあらかじめの「決め事」も必要に
なろうか。想定でき得る問題を全てを想定して細則を決めているファミリーもいる。
◆栄光と転落
苦難多きオーナーではあるが勿論栄光も享受する。創業者であれば、木で鼻をくくるような対応だった銀行が、もみ手になり
そして文字通りぺこぺこしだす頃にはオーナーは地域の有名人になり、新聞に顔写真が載り出す。社会奉仕団体、経済団体から
は会員の勧誘が絶えず、大学の理事会のメンバーになり、各種発起人に推される。テレビデビューも果たし、全身に力が漲る
時期である。
創業者でなくても後継者であれば若いうちから、こうした光栄に浴する。本当のエリート魂があれば、親の七光りと言われないよう、
常人よりはるかに高いハードルをもうけ、過酷な研鑽を自分に課する。しかし、多くの場合現状に満足し、より優れたものになろう
とする意欲を失う。親や会社あっての世間の評価なのに、それに気付かず有頂天になり、やがて自ら問題の種作りにいそしむよう
になる。
ファミリー企業の抱える種々の問題も、通常、創業者や中興の祖といわれるカリスマ性を備えたリーダーが目を光らせている間は
顕在化しない。社長として人望が厚く、安定株主として君臨しており、一族の家長として親戚中の就職の世話を引き受けて
いれば大きな問題は起きないし、問題への対応が上手い。だから大概一族に一人や二人はいる「黒い羊」もなりを潜める。
ところがである。そうした大物が死ぬやいなやマグマのように問題が噴出する。
ハイアットグループオーナー一族、君島一族の内紛など派手にマスコミで喧伝されずとも、相続を契機に口を利かなくなる
兄弟親戚は五万といる。親は墓の中から嘆いていることだろうが、親が知らずのうちに種づくりをしている場合も多い。
お金を持つことにはこうした責任も伴うのである。日本の資産家は金持ち歴が浅いから内紛解決のノウハウ不足が目立つが、
実はこうした内紛を防ぐ手立てもファミリー企業の授業では教えられている。
◆引退しない理由
ファミリー企業の継承問題はオーナーに突きつけられた最大の問題であろう。「なぜファミリーの中から選ばなくてはならないか」、
と言っていたオーナーも年とともに「ファミリーが長になったほうが求心力が出るナ」と言い出す。でも「誰にするか」が問題だ。
次男の方が能力、情熱においても適任なのだが、長男もまた社長になりたがっている場合は微妙である。長男は自分のほうが
先に生まれたので格が上だ、次男ごときにと思っており、母親を応援団につける。しかし、ここで気弱になって後継者問題を
成り行き任せにすると後で往々に禍根を残す。意見調整の場を予め設けておくべきだろう。後継者の選任をファミリー以外の
取締役に任せる企業もある。
他方、創業者の中には何時になっても譲らない人がる。口ではまだ息子が頼りなくて、修羅場を潜っていないからとか言うが
本音は自分が辞めたくないのである。引退専門家のソネフェルト教授によると、高齢になっても引退しない経営者がよく口にする
セリフは、「私はわが社で誰よりも懸命に働いている」「もし会社に貢献することができないと悟ったら、会社には留まらない」
「私は例外だ」の3つだそうだ。その通りかもしれないし、権力の座には抗し難い魅力があろう。しかし、それでは後継者は育たない。
また時代の流れが速い昨今、カリスマ創業者でも時代の読み取りを見誤り、一代で凋落の憂き目に遭うのを私達は目のあたりに
している。創業者としての過去の成功体験が顕著だとそれだけ自分の理念や方針が固定化しやすく、時代の変化に対応できず
大きく舵取りを誤ってしまう。最後まで「誇り高き」オーナーの道を全うして欲しいものである。
(企業家倶楽部、2005年5月号「世界のオーナー達のつぶやき」に掲載)