§ 企業家にとっての個人資産 ― 最大の資産は人 ―
◆個人資産の扱いに熟達するには
企業家は売り上げ増進に腐心し、従業員に給料を払い、会社の発展の為の投資を怠らない。
会社に関してはフロー、ストック両面を睨みつつ鷹のように鋭い目で把握し対応する。
他方、「個人のこと」となるとどうであろうか。
すべて配偶者まかせで自分の総資産も把握していない人。投資は会社だけで充分と預金専門の人。
そして自分の小遣い以外はお金の使い道にもタッチしない人。「時間がない」「そこまで気が回らない」ということなのだろうか。
しかし、一流の企業家はやはり個人レベルでも資産の扱いに熟達して欲しい。
プライベートな経済的基盤がしっかりしていれば、会社の「いざ」というとき力になれる。
新事業開始の種銭ともなるし、自分の信じる社会貢献もできる。
だが、例え莫大な資産を蓄積した人でも、ポール・ゲッティのようにお金を重荷に感じたり、あるいはお金に振り回され、
人間性や節操を失ってしまう場合が多い。
お金を活かし、楽しみ、心豊かな人生につなげるには、目的意識を持った努力やそのノウハウを徐々に習得していくことが必要で、時間がかかるのである。
まず蓄財に目を向けてみよう。収入が多ければ自動的に個人の経済基盤が磐石になるというわけでは必ずしもない。
米国の高額所得者を対象とした調査によると、収入レベルは同じであったにも拘わらず個人資産には信じられないほどの差がでている。
原因は主に派手なライフスタイルにあるようだ。そういう人はいくら収入が増えても不思議に支出も増え、
蓄財どころか借金さえ返せない。老後の蓄えはなく心理的にも不安感に悩まされ続けるという。
しかもそうした親の生活を見て育つ子供は収入内で暮らすことを学べず、大人になっても親のスネカジリを決め込むから
事態は更に深刻化する。何事も一世代では終わらないのである。
「個人的な蓄財より部下に奢ったり、顧客の接待に自分の金まで投入したい」という考えもあろう。それもよし。
ただし「まさか」の時のことは頭にいれておきたい。
◆熟達のケース
「事業に成功した人を見ていると、締めるところは締めるけれど、使うところはちゃんと使います。
その区別が、まことにはっきりしているんです。いっぽう、父親の仕事や財産を受け継いだ人をみていると、
締めるほうと使うほうのバランスが取れている人が少ないんです」、と経済評論家の邸永漢氏も述べている。
個人レベルでも稼ぎ上手、貯め上手、投資上手、使い上手であってほしい。
稼ぎ上手でもまるきりお金の使い方を知らなかったり、ガッチリ貯めはするがお金が無くなるのが恐ろしく投資できないなど、
4部門での熟達は困難を極める。だが、日本にも本多静六というモデル的人間がいる。
『日本林学の父』と言われる明治時代の帝国大学教授で、都心の日比谷公園を始めとする多くの公園をつくり、
植林事業を企画し、震災後の東京再建計画の策定者でもあった。
9歳で父を失い貧乏な生活を強いられる。しかし、25歳のときから断固俸給の四分の一を天引きで貯蓄することを自らに課し、
しかもそれを預金や株式などで上手に運用した。40歳の時には利子や配当収入が報酬を上回り、
やがて長者番付にも名を連ね始める。
そして定年時には今のお金で言えば何百億かを匿名で育英資金などに寄付したという。
私は資産家の資産運用のアドバイスをしてきたが、日本の企業家、資産家は資産とのお付き合いの経験が浅い。
そこで、戦争、革命などに耐え抜いて何世紀にも渡り資産の保全を図ってきた海外の資産家のノウハウも参考にさせて貰った。
長年祖国を持たなかったユダヤ人、そして華僑は自分の子弟の国籍さえも分散化する。パスポートをいくつも持つ人もいる。
「SARS」が何年続いても大丈夫という。リスクの分散であると同時に色々な国に巡ってやってくるビジネスチャンスを狙う挙でもある。
日本ではまだほとんど使われていないが、企業家としては広く海外を使った資産保全法に果敢にチャレンジしたいところである。
知り合いのユダヤ系米国人の企業家は、誘拐やテロを警戒して自分の顔写真は一切とらせない。
自分の名前が出ると値段が騰がってしまうからと海外会社を使って土地を購入し、プライベートバンクは匿名口座が相場である。
しかし、同時多発テロ事件以来、テロリスト撲滅スローガンのもと、海外の金融機関や信託会社にはタックスへヴンであろうとディスクロージャー義務が徹底化され、
厳密な意味での匿名性は崩れた。しかし株主代表訴訟をはじめとする訴訟、その他の債務から身を守る為、
資産を信託にいれる防衛戦略は相変わらず揺ぎ無い。日本では法体系の問題もあり即応用はできないが、
世界の企業家は色々工夫して非常時に備える。何回も危機をくぐり抜けてきた知恵であろうか。
◆ちょっとした知恵
「自分の会社以上によい投資はない」と言われる企業家にお会いする。そうかもしれない。でも3年、5年後はどうであろうか。
昨今は特に時代の動きが激しい。個人資産を自分の会社一社に集中させることは投資上、リスク分散上問題である。
絶対に会社を大きくさせる、潰さないという強い思い、気迫を維持しつつ、尚且つ冷徹にリスクヘッジをしたい。
自社株は売れないのなら、株その他の資産を担保にして借り入れを起こしてでも投資の分散化を図るのがオーソドックスであろう。
欧米の何世代も続いた資産家は、創業時の株や安いとき仕入れた株を売却せずに、それを担保に他の株を買ったり、
相場が下がると思えば売り持ちにしたりして資産の分散をはかり、或いはリターンの向上を心がける。
余剰資金はあるが、「まさか」のとき会社の為に使うから自分のものでも投資に回せない、という声をよく聞く。
会社の資産を使って「まさか」対策をしてほしいが、個人レベルでも投資を持続させつつ、
「まさか」の時には融資を受けられる手はずを当初から整えておきたい。内資系でダメなら外資系の銀行、証券会社、
保険会社金融を試してみてはどうだろう。上記の「まさか」の時のシナリオの中には「日本の窮地」もあろう。
そういう場合円は暴落、円資産の大幅な目減りに直面する。会社の存亡もかかってこよう。個人資産の一部は外貨で保ちたい。
◆最大の個人資産は人
「企業は人なり」と言うが、個人やファミリーであろうと同じことである。資産は預金とか不動産のような財的資産だけ
ではない。自分が身につけた教育、技術、人脈、そしてなにより生きる力のような要素が最大の資産になっている。
一億円稼いだ人はその全てを失ったってまた稼ぎ出すことが出来る。一億円を稼ぎだす段階でそのノウハウを身に
着けたからである。10億円となっても同じであろう。しかし、死後あなたの資産はどんな運命をたどるのだろう。
世界各国で行われた調査によると資産の65%は二代目でなくなり、三代目で90%なくなるという。これは相続税の
ないオーストラリアでも同じである。そういえば相続税のなかった江戸時代にも「売り家と唐様で書く三代目」という
言葉があった。
要するに最大の個人資産はあなた自身であり、財的資産はそれに見合う人的資産の裏づけがないと消失しやすい
ことの証左ではないだろうか。伝統芸能の世界では後継者に幼少より第一世代目と同じレベルの厳しいトレーニング
を課す。人づくりには健康な肉体造り、知識、技術およびノウハウの習得が必要なことは論を待たないが、
それだけでもダメなのである。欧米の企業家、資産家の資産を管理するファミリーオフィスのなかには、
投資や税務などの本来業務のみならず、ミッションステートメント作りの手伝いをするところがある。
自分たちはどのような苦労をして財をなしたのか、そのお金で残りの人生何をしたいのか、どう社会に役立ちたい
のか、子供たちには何をしてほしいのか、末代までも意識したメッセージを残す試みである。価値の継承を伴って
初めてお金もついてくるからである。
(企業家倶楽部、1−2月号掲載)
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