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ハッピーエイジング、ハッピーライフ

§ Vol.3 人生の秋こそ幸福感を味わえる


”老い”に対する怖れは、たぶん、当人がそれとなく自覚し始める時期が最も強いのではないかと思います。

シニアへの調査では「年を取ることはそれほど悪くなかった」という人がかなりいます。俳優の故・緒形拳さんも「70過ぎても結構生きているのは悪くないよね」とテレビカメラに向かって語りかけていました。

古今東西、老いに対する”態度”は色々あります。たとえばゲーテは「老いなんて認めないゾ!」とする加齢退治派です。
「活動をまったくやめるか、進んで自覚をもって新しい役割を引き受けるか、どちらかを選ぶほかない」と述べ、自身はチャレンジし続け、晩年までワイマールの宰相を務め、74歳で19歳の女性に結婚を申し込んでいます。

かたや「マ、いいじゃないの」と老いを認め、生活をそれに合わせようとする加齢容認派も数多く、評論家の小浜逸郎氏は、「老人一般にふさわしい小さな席を残しておいてくれるように訴えるほうが効果的だ。そのためには、一人一人の高齢者が、引き際をよく心得つつ、自分の体力と知力の限界を自覚して、それぞれに片隅の席を慎み深くかつ狡猾に探し求めるのがよい」と主張します。

室町時代の吉田兼好などは加齢嫌悪派のようで、「(老いると)容貌を恥じる心もなくなって、ひたすら世間的な名誉や利益をむさぼる心だけが深くなっていき、もののあわれも感じ取ることができなくなってしまう」と嘆き、長くても40歳に満たない頃に死ぬのがよいとしています。兼好自身は70歳近くまで生きたのですから皮肉なものです。

私自身は、老いることは自然なことで、とくに退治したり、ひっそりと息を潜める必要もないと思っています。幹に栄養を残して木の葉は紅葉し、やがて落ちて土の養分になっていく。同様に老いは自然の営み、落葉する前に若葉に伝えたいことを告げ、秋の晴天を楽しみ、冬景色を満喫して「ああこの世に生を受けてよかった」と実感する時期だと考えています。

年を取ると忘れっぽくなる。結構じゃないですか。大事なこと、必要なことに集中できます。どうも気力が充実しない、効率よく仕事ができない。でも70、80歳になってなお従来どおり働かれたのでは若い人は困ります。世代交代が進まない社会は衰退します。いろいろやりたいのなら、「ショバ」を変えて頑張りましょう。

ゴルフの飛距離は落ちる、尿が近くなる、万事面倒になる、顔にシワがよる、髪の毛が薄くなる。そうかもしれません。でも心がけ次第では、素晴らしい瞬間瞬間の幸福感を味わうことができます。

人生の秋だってまんざらではありません。自己管理をしっかりしていれば自分がキープしたい能力の衰退を最小限にすることができ、何歳になっていようと新たなチャレンジは可能だと信じています。

日本実業出版社・経営者会報 2009年4月号に掲載)
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