インベストライフ 2003年03月号 掲載内容
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     【 特集対談・子どもの個人金融(パーソナル・ファイナンス)教育を考える 】
榊原 節子(資産運用コンサルタント)
伊藤 宏一(ファイナンシャル・プランナー インベストライフ誌編集主幹)

不況とはいえ、日本は依然として1400兆円の個人金融資産を持つ経済大国。
この資金を動かそうとさまざまな政策が検討されている。
しかしお金の持ち手はあくまで個人。
ならば、その個人に資産運用のリテラシーを提供する金銭教育こそが、経済回復の最も近道ではないだろうか。
これからの本格的なパーソナル・ファイナンス教育のあり方について考えてみた。

○個人が経済を担う時代に突入した

伊藤:
今、不況やデフレからの脱出ということで、さまざまな政策が議論されています。
それに日銀総裁の交代なんかも、ものすごく注目されて、大々的に報じられたりしています。
けれど僕は、こういう政策的なものとか、金融行政のトップが変わったからといってそれほど大きく経済が動くかというと、どうもそうは思えないんですね。
榊原:
今、日本には1400兆円の個人金融資産があって、それをうまく使えば経済は回復するということで、みんないろいろ考えているわけですが、やはりこの金融資産は「個人」のものですよね。
政策は確かに必要なんですが、その前に国民一人ひとり、個人の次元で経済とかファイナンスに関するレベルアップが必要だと思うんです。
伊藤:
結局、経済とか金融の仕組みが、国が上から管理する従来の発展途上型では間に合わなくなってきています。不況だとはいいながら、高度成長を経て、すでに個人が潤沢な資金をストックしているわけです。
日本ではいまだに経済を政策論的に動かそうというマクロ的な発想が強くて、依然として個人は「川下」的位置づけにとどまっています。
そうではなくて、個人が中心になってこの資産を上手に使っていかなくてはいけない。そしてうまく使うには勉強が必要になるわけですが、まだその枠組みがはっきりできあがっていないのが現状ですね。
そこで今日は榊原さんと、個人が資産を上手に使うための教育について話し合ってみたいと思います。

○まず、人生の目的を考える

伊藤:
榊原さんは投資や資産運用のコンサルタントをされてきたわけですが、そこでまず、ご自分が運用のスキルを身につけてきたご経験からお話ししていただけないでしょうか。
榊原:
私の場合、運用経験は結構早くて、大学の頃から債券投資みたいなことをやっていました。学校を出てすぐ株式投資も始めて、不動産投資を行ったのは24歳の時です。
かなり後になって証券会社で働くことになりましたが、こちらはもっぱら企業買収の分野です。
ですから私はどちらかというとずっと、いわば消費者の立場で投資や運用に関わってきたんです。
で、私が投資を始めた頃なんですが、当時は今以上に情報がない時代ですから、どこに行けば良いアドバスが得られるかなんて、全然わからないわけです。そもそもそういうアドバイスをしてくれる専門家自体が存在しないんですね。
そこでいろいろと金融機関で聞いて回るんですが、銀行へ行けば定期預金をすすめられて、証券会社へ行けば「あれ買ってください」「これ買ってください」で忙しい。「多分、会計事務所なら公平な意見を言ってくれるんじゃないか」と相談に行くと、当時20歳そこそこだった私よりも知らなかったりしました。
そこで「これはいっそのこと、自分でするしかない」ということで勉強を始めて、その後の自分の仕事に展開したようなわけです。
なんとか個人の利益を代表してくれるような専門家とか、サービスはないだろうかと模索しているうちに、それが仕事になったという感じです。
伊藤:
その過程で金銭教育とか投資教育にも興味を持たれるようになったわけですね。
榊原:
いろいろな人の相談にも乗っていたのですが、やはり心底感じたのは、「お金に関する考え方が、人によってこれほどまでに違うものなのか!」ということですね。
お金を儲けるにしろ、失うにしろ、その感じ方や姿勢は人によってまったく違うわけです。
たとえば、損してもそれほど落ち込むこともなく、結構腹もすわっている人がいる。反面、お金持ちで儲けてばかりいても、いつも飢えている人もいる。
それを見ていて、いったいどこからその違いが出てくるのか、ずっと考えていたんです。
そして、やはりそれはその人のお金に対する原体験、つまり子どもの頃に与えられたお金に対する印象が、後々まで強く影響するんじゃないかと思い当たったわけです。
子どもの頃に、お金とのきちんとした関係、心地よい関係というものを持つことができたら、それは一生の宝になるんじゃないかということです。
ですから金銭教育では「今のデフレ時代は借金をしてはいけない」といった知識を教えることも大切ですが、その前にまず、「あなたの生きる目的は何ですか」という問いかけが重要なんですね。この問いがあると、その人の人生はそうでない場合と全まったく違った、豊かなものになると思います。
これは大人も同じで、人生の目的を問いかけて、一緒に考えてくれる人が本当のファイナンシャルプランナーの仕事であり、最も顧客にとって重要なサービスだと思うんですね。

○自己判断を重視する金銭教育

伊藤:
アメリカでは「パーソナル・ファイナンス」という言葉が定着していて、大きな本屋に行くとその専門のコーナーがあります。
この場合、ファイナンスとはお金の貸し借りだけでなく、支出・収入・資産・負債・税金・年金・不動産・保険‥‥と、お金に関するすべてを含んだ言葉として理解されています。だからパーソナルファイナンスとは、「個人のお金の世界」のことなんです。
そしてそこには、「あたなの人生の目的は何か? その達成のためのツールがお金です」という、一つの哲学が根底に流れています。
たとえばNEFE(National Endowment For Financial Education)という、金銭教育を行うNPO組織が、いろいろなテキストを無償で配布しているんですが、その中に若いネイティブ・アメリカンのためのパーソナル・ファイナンスの入門書があります。
印象的なのは冒頭で、"Money is simply a tool. ‥‥‥ it can help you get what you want and go where you want" (お金とは一つの『道具』にすぎない。それはあなたが欲しいものを手に入れ、望む所に行くのを手助けしてくれる)と述べられていることです。
榊原:
その辺の主体性を問うことが、日本の金銭教育で最も欠けているところですね。
たとえばお小遣いをあげるにしても、「○○ちゃんは3千円だから、あたなも3千円ね」とかいうあげ方をしている。
でもこれは見方を変えれば、「自己確立なんてしなくてもいいんだよ、自分で決定しないで、周りを見ていればいいんだよ」というメッセージを与えていることでもあるんです。お小遣いの扱い方は、強烈なメッセージを発します。
伊藤:
今、日本でも金銭教育、投資教育ということが盛んに言われるようになっていますが、ちょっとピントが外れていることが多いように感じます。
東京証券取引所が中高生向けの「株式学習ゲーム」というのを運営しているんですが、これは依然として売買の世界なんですね。
本当に金銭教育をするならば、まず「自分の人生の目的は何か」ということを明確にして、ライフプランを立ててみる。そしてそれを達成するためのポートフォリオ(資産配分)を決め、その後に実際の投資銘柄を選定する、というプロセスをたどるべきなのに、いきなり銘柄の売買をやらせてしまう。
子どもたちに「どうだった?」と聞くと、「面白かったよ」と答える。でも、「大人になったら株をやりたい?」と聞くと、「イヤだよ。だってお金をいっぱい損して恐いもん」という答えが返ってきたりする。
榊原:
日本は戦後、一種の根無し草になってしまったところがあるでしょう。ドイツはナチスを批判したけれど、日本の場合、自分たちの伝統とか、文化を否定してしまった。
そこへアメリカ型の消費文化が入ってきて、高度成長の方向へワッと走った。気がついてみたら、お金はいっぱいあるけれど、自分たちの行動の軸がなにもなくて、グラグラしている。それが今の日本の不況とか経済に対する不安感の原因になっているような気がしています。
伊藤:
自分で意志決定して行動できないから、経済が回らなくなっているんですね。
榊原:
その点では、アメリカでの子どものしつけ方には学ぶべき点があります。お金を自己責任で管理させています。
たとえば大学に進むのでも、親が授業料から生活費まで全額を負担することは当然とは思われていません。進学の前に親と子で、どれだけ親が学費を負担できるかを話し合うのが普通です。全額親が払うとしても、「大学教育は親から子供へのギフト、プレゼント」という意味づけになるようです。
私のオーストラリア人の友人は裕福な家の出なのに、大学時代は学費も生活費も全部自分で稼いだそうです。彼はこれを「独立心の問題なんだ」と言っています。
また別のカナダ人の友人は、大学に入ると同時に父親から、銀行からお金を借り、きちんと返して信用を築くよう指導されたそうです。
「お金を借りてはいけない」というのも一つの考え方ですが、貨幣経済の中で生きている以上、事業を興したり、住宅を購入したりする際、やはり借金は避けられない面があります。
その中で、「信用」ということを子どもにきちんと指導するのは、とても進んだ教育だと思いますね。
伊藤:
今、日本では若い人のカード破産が増えていますが、これはこうした自己責任とか意志決定の教育の欠如によるものですね。
榊原:
クレジットカードの「クレジット」というのは「信用」なのに、その辺の認識が薄いんですね。
伊藤:
昔の「銭は汚い」「武士は食わねど」的な、お金のことは口に出してはいけないという世界から、ここにきて一気に運用とか自己責任が必要な世界に突入してしまったわけです。
ですからここで改めて、この世界で生きていくために必要な、パーソナル・ファイナンス教育の基礎づくりを行わなければならないと思っています。
そこで非常に参考になるものとして、アメリカのジャンプスタート個人金融教育連盟(JumpStart Coalition for Personal Financial Literacy)が出した、子供向けのパーソナル・ファイナンス教育のナショナルスタンダードというものがあります。
これは「所得(インカム)」「マネー・マネジメント(資金管理)」「支出とクレジット」「貯蓄と投資」の四つの分野にわたって、幼稚園から高校3年生まで、具体的なカリキュラムを定めています。
たとえば小学校4年生までの課程では、「収入には、どんな種類があるかを挙げてみましょう」といった設問があります。
そして小学校5年生から中学2年生になると、今度は賃貸料や利息からの収入を得ることができるといった具合に展開していきます。
一口に所得といっても、勤労所得のほかにいわゆる不労所得と呼ばれるものもあり、非常に幅広いので段階的に教えていくわけです。
また「マネー・マネジメント」についてもいちばん最初に、「個人の財源の制約が、運用の選択にいかに影響を与えるか」という話から始まっています。個人の資産は限られているから、その中で選択しなくてはいけないですよ、ということをまず最初に教えようというんですね。
それから意志決定をする場合には機会コストがあるということや、運用には自己責任が伴うということを教えます。
さらに意志決定のプロセスを、ファイナンスに応用しないといけない、というように非常にシステマティックで実際的なカリキュラムになっています。
例えば小学校4年生の課程では、お金の使い途を考える際、「ニーズ(必要)」と「ウォンツ(欲求)」を分けて、ニーズの方を優先しましょう、と書かれています。
「貯蓄」と「投資」の関係では、中学2年で「貯蓄は短期目的の資金運用、投資は長期目的の資金運用に適している」といったことを教えます。非常に整理されているので、こうした基準を日本でもこれから作っていきたいと考えています。
榊原:
定期預金とギャンブルの間に何もないといわれる日本的な投資の土壌とは対照的なところですね。
よく「そのファンドはどれくらいの期間持てばいいんですか?」と聞かれるんですが、「最低でも3年から5年」と答えると驚かれたりします。
証券会社はちょっと上がるとすぐに、「お客さん、売り場ですよ」とやるけれど、私は基本的に、売買のタイミングを計って利益を上げることはできないと考えています。
もちろん、成績の悪いファンドマネジャーが自己弁護のために言う場合もありますが、それを除外すれば、やはり長期運用が基本だと思っています。
欧米ではこの辺りのリスク管理の手法が非常に洗練されているというか、成熟したところがあります。
たとえば「オーバー・レイ」というんですが、リスクを軽減するために銘柄を分散しなければならないような場合、持ち株を売るのではなくそれを担保にお金を借りてきて、ポートフォリオに上乗せするといったことすら行います。
伊藤:
まずリスク管理を第一に考えて、そこまで手を尽くすということですね。

○歴史観を持って運用を考える

伊藤:
お金の話も奥行きが必要で、これからはある程度成熟した精神がないと、お金をうまく扱えない時代に入っています。
榊原:
そこで大切になるのは、テクニック的なことと同時に歴史観とかですね。
伊藤:
その辺では榊原さんは日常、どんなことを考えていらっしゃいますか?
榊原:
そうですね……たとえばこの間、エチオピアに行って来たんですが、いろいろなことを考えましたね。
あの国は日本と歴史的なイベントが非常に似たところがあるんです。ともに古くからの王朝が続いていて、欧米の帝国主義が入ってきた時も独立を守りぬいたということも共通しています。
ところが向こうは日本でいう中世、荘園時代から歴史がストップしています。博物館の陳列品も町中で見かけるものも、ほとんど変わらないんです。
「いったい、どうしてこの二つの国がここまで違ってしまったのだろう」と考えると、知的な意味でも楽しいし、長期的な視点での投資判断に結びついてくるようなところがあるように思います。
それから、ガーナとマレーシアに行った時も同じようなことを考えました。この両国は同じ頃に独立して、当時は国富はガーナの方が上だったんです。ところがマレーシアは大発展し、ガーナは相対的に貧しくなってしまった。この違いはいったいどこから来るのかと。
伊藤:
カントリーリスクといったものを長期で考える場合、非常に深い洞察を得ることができる視点ですね。
榊原:
日本では投資でお金を得ることを、「不労所得」といって、なにか良くないことのように考える風潮があります。でもお金を効果的に動かしてリターンを得るためには、非常に知的な作業が必要です。
伊藤:
投資運用を行うということは、経済や社会のデザインに参加することにより、リターンを得ようということです。だからそのスキルはある意味、作物を育てたり、ビルを建てたりするのと同様といっていいのではないでしょうか。
榊原:
そうですね。今まで日本は製造業が主産業でしたが、これからは金融資産を使ってお金を稼がなくてはならない時代を迎えています。
ですから金融資産は、日本の貴重な資源だといえます。この資源を有効に活用する技術として、誰もが運用について学ぶことは、国にとっても、個人にとっても大切なことだと思いますね。