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欧米資産家に学ぶ二世教育
§ 第83回 リスクの原語は「勇気をもって試みる」
リスクというと、日本では一般に「危険」という言葉に置き換えられて使われたりする。
だが、リスクという言葉はイタリア語の「risicare」(勇気をもって試みる)という言葉が語源である。
実際、企業活動においても、リスクを想定して備えるリスク・コントロールは絶対必要だが、
同時に「思い切って試みる」勇気がないと、この変化の時代に生き残っていけないのではないだろうか。
投資でもリスクを取らずにリターン(儲け)を得ることはできない。
リターンを得るにはそれなりのリスクをとる必要があるのだが、投資初心者の中には
「リスクは限りなく0に近く沢山儲けたい」という人がいる。気持ちとしてはわかるが、出来ない相談だ。
投資とギャンブルはどう違うのだろうか。
確かに投資家の中には「一銘柄だけ」とか「数日間で大きく儲かる銘柄はどれか?」など
ギャンブル志向の人もいるが、総じて悲惨な目に合う。
投資とは「合理的に計算されたリスクをとる」ことだと思う。
具体的には動きの異なるものに分散する、一度に買わないとか、高値掴みはしない、
定期的にリバランスを行う(元の配分にもどす)などによりリスクをコントロールしていくのであるが、
これとて判断するときは迷いがあり、「勇気をもってリスクを取る」決断を絶えず強いられるのである。
人生はどうであろうか?
「100%安全」などあり得ない。100%に限りなく近く安全を担保しようとすると
コストが禁止的に高くなってしまう。
子育ての経験を振り返っても、あの時一歩間違えれば大けがをしていた、死んでいたかもしれない、
非行に走ったとしてもおかしくない等の状況をいくつも思い浮かべることができる。
子どもの安全、安定のみを考え、親が手厚く守ってしまえば、自立していない頼りないもやし人間を
作ってしまう。
子どもは可愛い。意識せずとも手を貸してしまうものだ。だから崖っぷちを歩かせているつもり位で
ちょうどいい。
後継者教育においてもしかり。傷つかないよう周囲が固く守ってしまうと、生き延びるかもしれないが、
経営者としての力をつけさせていくことは難しいであろう。
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