――今、なぜ金銭教育が必要なのでしょうか。著書を出版された経緯を教えてください。
榊原 不況、金融自由化、リストラと、先行き不透明な時代を乗り越えるために必要なのは、やはり”お金”です。お金を親から譲り受けるにしろ、自分で築くにしろ、大切な自分の資産であるにもかかわらず、真にお金の重要性を認識している人がどれくらい存在するのだろうと疑問に思ったことがきっかけでした。
確かに日本人の貯蓄率は世界有数ですが、”増やす”ということはおざなりで、未だに利息や配当など金融投資からの不労所得を軽んじる傾向があります。一方で、高価なブランド品を買いあさり、カード破産に陥る人が急激に増えています。
両者にいえるのは、「金銭を自分でコントールする術を持っていない」ということ。家でも学校でも、お金との上手なつきあい方を学んでこなかったためです。このまま放置すれば、いずれ日本人の個人資産は消失してしまうでしょう。それに対する警鐘の意味を込めて、『金銭教育』をまとめました。
――確かに、日本の家庭できちんとした金銭教育をうけることはまれだと思います。
榊原 もちろん、日本の親も金銭教育をしてきました。子どもに小遣いを与え、「無駄遣いをしないように」と言い添えるのもその1つ。不要な紙をブックカバーやメモ用紙に活用し、資源を大切にする心、倹約の精神を教えることも立派な教育です。
しかし、もっと踏み込んで、正しい貯蓄や投資の仕方についてまで教育してこそ、本当の金銭教育といえるのではないでしょうか。
――自立のための教育という意味ですね。
榊原 親が真っ先に子どもに教えるべきものは、野生の動物と同様、”サバイバル術”です。いかに生命を全うし、次の世代を育むかということ。今の時代、生きるために必要な手段はお金に他なりません。だから、金銭教育はサバイバル術なのです。そのことを日本人は忘れてしまっているような気がしてなりません。
――金銭教育が必要だと感じていても、何をどう教えていけばよいのか、正直わからない親も多いと思いますが。
榊原 金銭教育とは、親の生き方を子どもに示し、その価値観を継承させること。決してごまかしのきかない、困難なものです。いくら口で「節約しろ」といっても、親が次々と物を買っていれば、子どもも次々に玩具をねだるのは当然です。親が一生懸命家計をやりくりし、寄付などにも貢献していれば、自ずと子どもも他人への優しさや思いやりを学ぶのです。
金銭教育は、どういう人間に育って欲しいのかという明確な姿勢を持って望むことが重要です。その姿勢を確立しないまま子育てをする親も少なくありません。金銭教育の始まりを機に、親も子どもも正しいマネー習慣を身に付けられるよう、共に学んでいくことが必要です。大人であっても、決して遅すぎるものではありません。
――それは一般の家庭にも当てはまることでしょうか。
榊原 もちろんです。一般の家庭でも、きちんとした金銭管理教育を行っている親のもとで育った子どもは、大抵はしっかりするように思えます。反対に、親がすねかじりなら子もすねかじりという話もよく聞きます。
「三代で金はなくなる」といいますが、それは誤った価値観が代々増幅されていくからです。ある統計では、資産は2代目で50%、3代目で90%が消失してしまうというデータがあります。相続税が日本ほど高くない國であっても当てはまるというのですから、これは税の問題ではなく、お金とのつきあい方の問題なのです。子孫が資産を消失し、負債を抱えていくより、もっと豊かになってくれる方がどれだけ素晴らしいことでしょう。それを可能にする面からも、正しい価値観を継承させることは子どもにとって何よりの資産です。
――しかし、親の資産を当てにする子どもは多いものです。
榊原 日本では最近まで不動産が資産と考えられ、少しでも残そうと親が必死で頑張りました。しかし、これからの時代はよい金銭教育、そして地に根ざした価値観を授けることが、最大の資産になると思います。優れた教育を受ければ、子どもが自分でお金を稼ぎ、堅実に貯蓄し、さらに大きく増やすことも可能です。そうなれば、自分の好みに合った生活をすることもまた、どんな豊かな暮らしも夢ではありません。それは、お金を残すことよりももっと大切なことではないでしょうか。
――具体的に、どのように教えたらよいのでしょうか。
榊原 まず、お金の大切さを教えることから始めましょう。次に、お金を得ること、貯めることの楽しさを教えてください。そのために有効なのが小遣いです。小遣いは、子どもにとって金銭教育のスタート。無駄遣いせず、規則正しく貯蓄して上手にお金を使うこと、つまり”やりくり”を学ばせることができます。自ら頭を使ってやりくりを考えさせることで、お金に対する正しい習慣づけが可能です。
こうしたことを学習できなかった子どもが成人し、欲しい物を何でも買い、収入範囲で生活することを学ばず、親や他人に頼った生き方をするようになるのだと思います。
――次の段階として教えることは。
榊原 ティーンエイジャーともなると子もの個性が定まってきます。ですから、金銭教育においても個々の目指すライフスタイルを成就させることを目的としましょう。全般にいえることは、小遣いをやりくりし、その中から貯蓄させるという幼児期からの教育の反復を基本に、子どもの賄う領域を広げてやることです。
具体的には、洋服や携帯電話の通話料などは自分で払わせるようにすること。これには、より大きな自由と責任を持たせることで、金銭面での自立という最終段階への準備を促す狙いがあります。また、小遣いを1年分や半年分というように一定金額をまとめて先に渡すのもよい方法かもしれません。アルバイトで収入を得るというのも、よい社会勉強になります。
――日本のティーンエイジャーは親のすねかじりという印象がありますが。
榊原 欧米に比して、日本の子どもはアルバイト経験に乏しいですね。一般的なアメリカの家庭では、大学資金の積み立てを名目に、親が高校生である息子や娘にアルバイトをさせます。例え裕福な家庭であっても、「小遣いは全くもらわず、アルバイトで稼いだ」「大学の学費を高校の時から貯め始めた」という例が珍しくありません。それに比べると、日本のティーンエイジャーは生活力に乏し過ぎますね。
――金銭教育における学校の役割をどうお考えですか。
榊原 金銭教育の基本は”親から子へ”受け継がれていくものです。しかし、親の教育には限界があり、逆に学校でしかできない教育もあると思います。これまで、学校では全くといってよいほど金銭教育は行われてきませんでした。 最近、教師がベンチャー企業で研修を受けるといった新しい試みも始まっていますが、子どもの視野を広げるなら、例えば金融関係者を講師として教室に招き、実務的な話をしてもらっても非常に勉強になると思います。
――まず、教師への金銭教育が必要というわけですね。
榊原 教師だけでなく、本当は日本の大人すべてに金銭教育が必要なのかもしれません。例えば金融の世界でも、日本人の資産が世界の金融マンのカモ的な存在になっています。外交の世界でも、ODAの垂れ流しをはじめ、驚くほど散財しているのが日本です。
そうした金銭感覚のルーツを辿っていけば、「お金は恥ずかしいもの、汚いもの」という日本人独特の思想に行き着きます。しかし、お金は決して汚いものでも日陰者でもなく、ただの”お金”であり、用途によって汚いものになったり、美しいものになったりするものです。
よく政治家が株などの投資はしていないと清廉さを強調しますが、それもナンセンスです。株式投資は資本主義の根幹をなすものであり、21世紀の日本にとって必要不可欠なものです。今後、世界に誇る日本人の個人資産を生かすも殺すも、これからの金融投資次第。それが、日本の将来を左右するほどの重要性を全く理解していないと公言しているようなものです。
――大人はお金に対し、投資・運用を含め、もっと真摯に対応しなければなりませんね。
榊原 今までお金とのつきあい方が下手だったとしても、これから上手になればよいことです。何も大金を稼げといっているわけではなく、自分の資産を保全し、少しでも増やす心掛けを持とうということなのです。
ただ、投資・運用といってもすぐにできるものではありません。勉強・経験を積み重ね、知識を深めて初めて可能となるものです。そのための投資コンサルタントとしては、今の証券会社も銀行も役不足。ですから、幼児から大人までの投資も含めた金銭教育をスタートさせることが、日本の国家事業の一環として急務だと考えています。
――金銭教育の大切さについて本当によくわかりました。
榊原 難しいものという先入観を持たず、まずは自分の”ライフスタイル”と”分”に見合ったお金の使い方をするということ。オシャレが好きなら服をたくさん買う分、ほかは節約する。それに満足し、誇りを持てれば、それで十分だと思います。自分のお金を大切に使って欲しい、ただそれだけなのです。
――本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。
(平成13年12月5日(水)、於:アルベロサクロ株式会社)
(さかきばら・せつこ)
東京生まれ。米国マウント・ホリヨーク大学を経て、国際キリスト教大学社会科学学科卒業。国際会議同時通訳を経て、
大手証券会社にて主に医薬品・バイオ企業間の企業買収に携わる。
1991年、国際投資コンサルティング会社「アルベロサクロ株式会社」を設立、社長就任。
著書に『金銭教育』(総合法令出版)『欧米資産家に学ぶボーダーレス時代の資産運用』(東洋経済新報社)
『プロが教える海外資産投資』(太陽企画出版)などがある。