キャッシュフローゲーマーズ 『金持ち父さんコラム』 連載内容
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〜タイトル一覧〜

     【 私のお金自伝 −1 】

私は一見はおとなしく静かなのに、えらく独立心の強い子供に生れついたらしい。中学生になったときに自分で自転車を買った。1950年代で今のように手軽に買えるものではなかった。小遣いで足りない分は、利用権をエサに二人の兄からファイナンスを受けた。小金を貯めている兄からは一時金で、文無しの兄には一回の利用料金を高めに設定した。大学生の時最初のクルマを買った。中古だったがやはり自分のお金で賄った。

出費がかさむ分よくアルバイトをした。帰国子女でもないのにお医者さんに英語を教え、専門用語ももくに知らないのに医学論文の校正までした。殆どできないフランス語の翻訳を売り物に特許事務所で高給を貰った。今から考えると汗顔の至りだが、本人は出来ると信じているので、ついつい周りの人も騙されてしまう。

大学ニ年生のとき海外留学を思いついた。しかし大学は早く済ませたい。それでチエを絞り、一度退学をして海外の大学に編入して単位を取り、一年後帰国した際には再入学して都合4年間で卒業させて欲しいと交渉 した。「良い大学であることと成績は最低でもCを取る事」という条件付でOKがでた。米国最古の名門女子大に応募してなんとか受かった。莫大な授業料を親に負担させるわけにはいかない。作文にあることないこと書いて一年分の授業料と寄宿費のついた奨学金を貰った。またアルバイトに励んで一年分の小遣いを稼ぎ、両親には船賃だけを出してもらった。帰りはニューヨークで働き、荷物の運送費を稼いだ。そして雑誌にアルバイト・ アラカルトというテーマで記事を書いた。

子供時代のお金体験がその人の成人後の金銭感覚に影響を及ぼす。例えば子供のころ極端な困窮のなかで育つとガリガリ亡者になるとか、お小遣いの使い方を煩く干渉された人は配偶者の支出に煩く干渉する、などが報告されている。私の場合は並外れた独立心の強さのためもあり、金銭面では少々常識はずれのこともしたが、親は全く干渉せず、のびのび とやらせてくれた。「やりたい事があればなんとか工夫してやり遂げる」ことは親自身の姿勢から学んだと思う。

それで子供の頃は自転車のファイナンスを考え、四年で大学を出る仕組みを工夫し、最近は金融のストラクチャリングを考えたり、画期的と称する税務 プランを作っているわけである。根っこは皆同じだと思う。なにか問題があるとどうそれを解決しようか考えぬき、なんとか案をつくりあげ、そして関係者を説得する。今後どんな仕事をするにしろ、同じように工夫していけばそれなりに道は開けると思っている。



     【 私のお金自伝 −2 】

24歳のとき不動産投資を思いついた。もう20数年前のことである。なんとなくこれからの日本で確実に儲けるには不動産がよいと思った。早速、不動産屋さんを紹介してもらう。物凄く色黒で、服装も真っ黒のおじさんがきた。腹の中も黒いのではないかとひどく心配した。我孫子の土地を千葉県が整地して売り出すのに入札し、50坪ほどの土地を手に入れた。将来、駅がすぐ傍に出来るということだったが、まだ坪当たり2万円だった。資金は銀行から借り、株で儲けて数年で完済した。色黒の不動産屋さんも、投資熱心な私を自分の弟子にしてもよいと思ったのか、手数料をまけてくれ、勉強するようにと不動産取引の本を沢山貸してくれた。若い娘が小口とはいえ不動産投資など言い出し たら、普通の母親なら窘(たしな)めるところだろうが、私の母は、 「面白そうね、私も一口乗ろうかしら」と、私の投資に便乗して自分の分と姉の分の支払いをした。

債券投資の方は大学卒業と同時に始めており、一年後、株式投資も始めた。このころは高度経済成長期で何に投資しても儲かった。ところが手仕舞いをせず海外へ行ってしまった為、第一次オイルショックで大損した。最近はあまりやらないが、株式投資は人生の勉強になると思う。ビックリするほど自分の心理状態により投資が左右される。あせると高値をつかんだり、売り急いだりする。欲張りすぎたり、恐怖心にかられては、元も子もなくなる。「投資心理学」という学問があるのを知ったのは最近のことだが、日本人は情緒的であるので心理的な抵抗感のある投資判断のほうが的確な場合が多いのである。

ヘッジファンドへの投資コンサルティングをビジネスとして始めたのは1991年のことで、欧米でもまだヘッジファンドはあまり知られていなかった。日本では情報すらほとんどなかった。しかし、なぜか私には「これだ」という確信があった。実際、1991年から数年は驚異的に儲かっ た。あれから十年、ヘッジファンドへの投資額は40倍以上に増えたが、成績の方はかつてほどの輝きはないように思う。

このほかゴルフ会員権、ベンチャー、あれこれ投資のつまみ食いもしてきた。その間、海外、日本を問わず各国様々な投資家ともつき合ってきたが、概して日本人は投資下手だと思う。それにははいろいろ理由があるが、プロの指南役がいないというのも大きな理由だ。数少ない投資の目利きも会社の為、あるいは自分の保身のためにその技能を使うので、かならずしもお客さんの利益を最優先してくれない。当分は自分で腕を磨いていく他なさそうだ。



     【 私のお金自伝 −3 】

アルバイトのつまみ食いをし、投資のつまみ食いをした私はまた職業もよく変えた。履歴書の所定の欄ではとても書ききれない。大学卒業後はまずプリンスホテルチェーンの海外宣伝の仕事につき、ついで外国特派員の助手、英語教室を開催して、その次の十年が国際会議の同時通訳をやった。ついで証券会社で企業買収をやり、1991年自ら国際投資コンサルティング会社を設立し経営を始めた。この他にもこまごました仕事を やり、結婚し、子育てもしたから、いつも頭や体はフル回転の状態だった。そして、いつも時間がたりなかった。

そこで時間の効率的な活用法を色々考えた。例えば睡眠時間を削るのも一つの方法だ。実際、あるオーナー会社の社長は若いときに睡眠は三時間とれば足りるように訓練したという。何事も意識の問題だから、三時間で充分だと自分に言い聞かせれば別に不都合はないそうだ。私も試してみたのだが、病気になった。

別の方法もある。一度に幾つものことを同時に平行してやってしまうやり方だ。私は同時通訳をやっていたこともあってこの方法にはかなり熟達している。そのコツは時間を細切れにして瞬時に頭を切り替え幾つかの事を同時にこなす。例えば電話での応対をしながら、隙をみて傍に置いてある雑誌に目を通し、しかも爪にしっかりとマニュキアを塗るという具合である。ただこの方法は年を取って来るとアブ蜂とらずになる。

物凄く集中力を高めて仕事の効率化をはかる方法もある。同時通訳をしていた時のことだが、医学とか、宇宙開発とか、科学関係の仕事が多かったため、やたらと覚える単語が多かった。日本語ですら知らない単語を詰めこむ必要にかられて、自分でも驚くほどの集中力が養われた。とくに会議の始まる前三十分ぐらいは、火事場の馬鹿力ではないが、1〜2日分かけたのと同じくらいの単語があっさりと頭にはいっていくから不思議だ。 しかしこの火事場の馬鹿力をやると、どっと疲れがでる。私には向いてい ない手法なのかもしれない。

もっと高度な、「無駄な動きをしない」という効率化の方法もある。よく仏教などで修行を積んだ人が、急がずとも、あせらずとも、会いたいと思う人は不思議と先方からやって来るという。こういう人は毎日なにをやってもスムーズに行くらしい。電車やバスの乗り換えですら不思議と待たないという。 このレベルに到達するのはむずかしいにしろ、私達は心身の無駄な動きが多い。過去の間違いにくよくよする、取り越し苦労をする、他人を妬む、みな感情の無駄だし時間の無駄だ。第一体によくない。なにも特に無理をして時間の節約をはからなくても、平静心を保って仕事の優先順序を間違えなければ、充分に人一倍の仕事をこなし、なおかつ自分の好きなことをする時間もつくれるのだと、やっと今になって気が付いた。


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